ロキ:混沌を愛する悪戯の神と、世界を破滅へ導くトリックスター

「俺がいなきゃ、神々の退屈な日常なんて一日も持たないだろう?」 北欧神話のエピソードのうち、その8割に深く関わっていると言っても過言ではない男。それが ロキ(Loki) です。彼は純粋な神族(アース神族)ではなく、神々の不倶戴天の敵である巨人族の血を引いています。しかし、その卓越した知恵と弁舌、そして変身の魔術を買われ、最高神オーディンと義兄弟の契を結ぶことで、アースガルズの神々の輪に加わりました。

混沌の触媒:善悪を超えたトリックスター
ロキは、英雄のような武勇も、オーディンのような深遠な魔術も持ちません。彼の武器は、状況を混乱させ、あるいは打開するための 「悪戯(いたずら)」 です。
彼は時として、トールの愛用のハンマー「ミョルニル」を奪い返したり、神々の若さの源である「黄金のリンゴ」を取り戻したりと、神々の窮地を何度も救いました。しかし、その原因の多くはロキ自身の不用意な行動にあり、彼は自らマッチで火をつけ、それを自ら消し止めて恩を売るような、極めて危ういバランスの上で神々の仲間として存在し続けました。
怪物たちの父、そして「母」
ロキの存在が北欧神話において「世界の脅威」となるのは、彼がもうけた奇形児たちの存在ゆえです。女巨人アングルボザとの間に生まれた三兄弟は、いずれも神々の仇敵となります。
フェンリル : 世界を呑み込む巨大な狼。
ヨルムンガンド : 世界を一周し、己の尾を噛む大蛇。
ヘル : 身体の半分が腐敗した、死者の国の女王。
また、ロキはかつて雌馬に変身し、神々の城壁を築く巨人を欺くために種馬を誘惑しました。その結果、彼は 自ら妊娠して 、オーディンの愛馬となる八本足のスレイプニルを産み落としたという、神話史上でも稀なエピソードを持っています。

宿命の裏切り:バルドル殺害と拷問
ロキが決定的に「悪」へと転じたのが、光の神バルドルの殺害事件です。彼は、世界中のあらゆるものから愛されるバルドルを唯一傷つけることができるのが「宿り木(ミストルテイン)」であることを突き止め、盲目の神ホズを唆してバルドルを射殺させました。
この大罪により、神々はロキを捕らえ、岩に縛り付けました。彼の頭上には毒蛇が置かれ、その顔に毒液を滴らし続けるという凄惨な拷問が課されました。妻シギュンが器を掲げてその毒を受け止め続けますが、器がいっぱいになり彼女がそれを捨てに行く一瞬、毒を浴びたロキが悶絶して震える衝撃が「地震」の正体であると信じられました。
ラグナロクの総指揮官
世界の終局 「ラグナロク」 において、ロキはついにその拘束を脱します。彼は神々への復讐を抱き、死者の軍勢を率いた船「ナグルファル」に乗ってアースガルズへ攻め込みます。
かつての義兄弟、オーディンやトールを殲滅するための。
ロキの存在は、北欧神話における「変化」そのものです。彼がいなければ神々は退屈で平和なまま滅びを待つだけだったかもしれませんが、彼がいたことで、世界は燃えるような激動の末に、新しい再生の朝を迎えることができたのです。
*オーディン : 誓いを破り、最後には袂を分かち合った義兄弟。 *トール : ロキの悪知恵を時に頼り、時にその首を締め上げる最強の戦友。 *ラグナロク : ロキが監督し、演じきった、世界の華麗なる終焉。