グリコ・森永事件:『かい人21面相』と、お菓子が毒に染まった17ヶ月の狂騒

「けいさつの あほどもへ」 1984年(昭和59年)。高度経済成長を終え、バブル経済へと向かおうとしていた華やかな日本社会を、突如として暗い雲が覆った。それは暴力団でも過激派でもない、正体不明の知的犯罪グループ「かい人21面相」による、前代未聞の企業連続脅迫事件である。
彼らが仕掛けたのは、銃や爆弾によるテロではない。メディアを舞台装置にし、1億人の消費者を観客に変えた、かつてないほど大規模な「劇場型犯罪」の完成形であった。

社長誘拐から始まった「異常なショー」
不吉な序唱は、同年3月18日の夜。江崎グリコ社長・江崎勝久氏が、入浴中に自宅に押し入った男たちによって拉致されたことから始まった。社長は後に自力で脱出に成功するが、それは地獄の入り口に過ぎなかった。
犯人グループはその後、森永製菓、ハウス食品、不二家、駿河屋といった日本の名だたる食品メーカーを次々と標的に定めた。彼らはマスコミに対し、警察の無能さを嘲笑う「挑戦状」を送りつけた。ひらがなを多用した子供のような、それでいて冷酷な知性を感じさせる独特の文体は、連日新聞の一面を飾り、国民はこの「顔のない知能犯」が次に何を仕掛けるのかと、恐怖しつつもどこか熱狂をもって見守るという異常事態に陥ったのである。
毒入り菓子という「日常への侵食」
「かい人21面相」が最も凄惨な牙を剥いたのは、「モノ」ではなく「安心」を人質に取ったことだった。 「どくいり きけん たべたら しぬで(毒入り危険、食べたら死ぬで)」 。
スーパーやコンビニの店頭に、青酸ソーダが混入された菓子が実際に置かれた。大手メーカーの看板商品が次々と全国の棚から撤去され、メーカーの株価は大暴落。子供たちが大好きなお菓子が、いつ死を招くか分からない「凶器」へと変貌した瞬間、日本中の親たちはパニックに陥ったのである。これは、現代における「経済テロリズム」や「消費者に対する直接的な脅迫」のプロトタイプとなった。
逃げ去った「キツネ目の男」
この事件を象徴するもう一つのアイコンが、目撃証言によって描かれた「キツネ目の男」の似顔絵だ。
現金受け渡し現場として指定された電車内や駅で、捜査員たちはこの特異な風貌を持つ男を何度も目撃し、接触のチャンスがあった。しかし、縦割り組織の弊害や、現場の躊躇によって、ついにこの男を取り逃がしてしまう。
警察の威信は失墜し、当時の滋賀県警本部長は、犯人を追い詰められなかった責任を痛感し、定年退職の日に焼身自殺を遂げるという、あまりにも重すぎる最期を選んだ。

突然の幕引きと遺された謎
1985年8月。犯人グループは突如として、滋賀県警本部長の死を「悼む」かのように、一通の終息宣言を送りつけた。 「くいもんの 会社 いじめるの もお やめや」 それ以来、彼らは二度と姿を現さず、2000年にすべての事件が公訴時効を迎えた。
犯人の目的は何だったのか? 巨額の現金が目的ではなく、株価操作による利益が目的だったという説。あるいは特定の企業への怨恨、さらには海外の工作機関の関与。
真相は「キツネ目の男」の冷たい視線の向こう側、昭和という時代の闇に完全に溶け込んでしまった。今日、私たちが店頭に並ぶお菓子を当たり前のように手に取ることができる平和は、あの17ヶ月に及ぶ狂騒の果てに、犯人が「飽きた」ことでようやく返されたものなのかもしれない。