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ゾディアック事件(Zodiac Killer):暗号とメディアを操った「殺しを楽しむ男」

「This is the Zodiac speaking(こちらゾディアック)」 1968年から1969年にかけて、アメリカ・カリフォルニア州のサンフランシスコ近郊で少なくとも5人を殺害(彼自身の主張によれば37人)した正体不明のシリアルキラー。彼の特異性は、犯行そのものの残虐性以上に、 警察とメディアを利用した自己顕示と、大衆を巻き込んだパニックの創造 にあった。

現場に意味深な十字のシンボル(黄道十二宮のマークと同じ)を残し、彼は自らを「ゾディアック」と名乗った。

ゾディアック・キラーから新聞社に送られた、奇怪な記号で埋め尽くされた手書きの暗号文

無差別な死と「Z340暗号」の呪縛

ゾディアックの犯行動機は、金銭でも怨恨でもなかった。「純粋に殺しを楽しむこと」、そして「社会を恐怖で支配している自分に陶酔すること」という、現代的なサイコパスの典型例であった。

彼は殺人を犯すたびに(あるいは犯行予告として)、地元メディアであるサンフランシスコ・クロニクル紙などに執拗に手紙を送りつけた。その多くには、奇怪な記号で構成された 暗号文(Cryptogram) が同封され、「この暗号を新聞の一面に掲載しなければ、週末に無差別に人を殺す」と脅迫した。

送られた暗号の中で最も難解とされた408パラグラフの「Z408暗号」は、当時すぐにアマチュアの暗号解読家によって解読された。その内容は「人殺しは最高に楽しい。森で獲物を狩るよりもだ」という、彼の異常性を裏付けるものだった。

さらに有名なのは「Z340暗号」である。これはFBIや暗号学者たちの挑戦を跳ね返し続け、 事件から実に51年後の2020年 、国際的なプログラマーチームのスパコン解析によってようやく解読された。そこにあったのも、「私の正体を明かす気はない」「死んだ奴らは楽園で私の奴隷になる」という、解決の糸口にはならない彼の肥大化したエゴの羅列に過ぎなかった。

残された数々の謎と小心の素顔

ゾディアックは、自分を「誰にも捕まえられない天才犯罪者」として演出しようとした。

しかし、その実態は決して完璧なものではない。彼は生き残った被害者や目撃証言によって似顔絵(黒縁メガネをかけたがっちりした男)を作成され、あと一歩で警察に職務質問されかけるなどのミスを犯している。

そして、自分が逮捕されるリスクが高まったと悟った途端、彼はパタリと実際の殺人を止めてしまった。その後は何年もの間、過去の未解決事件すらも「自分がやった」と主張する手紙だけを送り続けるという、極端な小心さと虚栄心を露呈している。(この点において、彼の犯行動機が「支配力の誇示」であることが浮き彫りになる)。

1969年のサンフランシスコ、パトカーの赤色灯がうっすらと照らす深夜の霧の道路

メディア・エンターテインメントとしての消費

デヴィッド・フィンチャー監督による映画『ゾディアック』が克明に描いたように、この事件は、犯人を追うジャーナリストや捜査官たちの人生をも狂わせた。彼が仕掛けた「暗号」というゲームは、知的な好奇心と恐怖がないまぜになり、後世の犯罪者たち(BTKキラーなど)に多大な影響を与えた。

ゾディアックとは、現代のデジタル社会で起きている「愉快犯によるサイバーテロや劇場型犯罪」の、アナログ時代のプロトタイプとも言うべき存在なのである。 *切り裂きジャック(Jack the Ripper) : メディアを煽り、匿名の手紙を送るという「劇場型殺人」というシステムを構築したゾディアックの精神的先祖。 *ゴールデン・ステート・キラー : ゾディアックと同じく1970年代のカリフォルニアを恐怖に陥れ、こちらは最新のDNA解析によってついに正体が暴かれたもう一人の怪物。