ゴールデン・ステート・キラー:40年の沈黙を破った「法医学的系譜学」の完全勝利

「お前を捕まえたぞ(We got you)」 2018年4月。カリフォルニア州の閑静な住宅街で、一人の小柄な老人が逮捕された。芝生の手入れをし、静かに余生を送っていた72歳の元警察官、ジョセフ・ジェームズ・ディアンジェロ。
彼こそが、1970年代から80年代にかけて全米を恐怖のどん底に陥れた最悪のシリアルキラー「ゴールデン・ステート・キラー(Golden State Killer)」その人だった。
彼の逮捕劇は、単なる未解決事件の解決にとどまらない。犯罪捜査そのものの歴史を永遠に塗り替え、「完全犯罪の終焉」を告げるパラダイムシフトの瞬間であった。

「東エリアの強姦魔」がもたらした絶望
ディアンジェロの犯行は、異常なまでの執念と計画性に満ちていた。「東エリアの強姦魔(EAR)」「オリジナル・ナイト・ストーカー(ONS)」など、犯行エリアが変わるたびに異なる呼び名で恐れられた彼は、判明しているだけでも13人を殺害し、50人以上の女性を暴行、120件以上の空き巣を働いている。
彼の手口は冷酷そのものだった。ターゲットの家を何日も前から監視し、開いた窓やドアの鍵の構造を把握。深夜に侵入し、懐中電灯の強烈な光で被害者を盲目にさせ、拘束する。多くの場合、夫を縛り上げて「少しでも動いたらこいつを殺す」と妻を脅し、夫の目の前で暴行に及ぶという極めて卑劣な手口を繰り返した。犯行現場には度々、彼がキッチンで食事をとった形跡すら残されており、家屋という「安全な聖域」を完全に蹂躙するサイコパスの典型であった。
迷宮入りと「法医学的系譜学」という罠
当時のDNA鑑定技術は未熟であり、ディアンジェロは警察の手法を熟知していた(彼自身が元警察官だったのだ)。決定的な証拠を残さないまま、彼は忽然と姿を消し、事件は40年近く完全にコールドケース(迷宮入り)となっていた。
しかし、2010年代に状況が一変する。捜査当局が起死回生の一手として用いたのが、 「法医学的系譜学(Forensic Genealogy)」 という全く新しいアプローチだった。
捜査官たちは、現場にわずかに残されていた犯人のDNAデータを、一般人が自らの先祖探しに利用する オープンソースのDNAルーツ検索サイト(GEDmatch) に、偽名を使ってアップロードしたのである。当然、犯人本人がDNAを登録しているはずはない。しかし、彼の 「遠い親戚(第3〜第4度親等のまたいとこ等)」数名がヒット したのだ。

逆算された家系図と最後の審判
ここからは執念の捜査であった。ヒットした数名の遠縁の親戚から、1800年代まで家系図を遡り、そこから巨大なファミリーツリーを下に向かって構築していく。無数の枝葉の中から、犯行当時の年齢、居住地、そして「犯罪歴」といったプロファイリングデータを重ね合わせ、消去法で対象者を絞り込んでいった。
そして最後に残った一本の枝――それが、ディアンジェロだった。
警察は彼が捨てたゴミ箱からティッシュを回収し、DNAを照合。結果は完全に一致した。
法廷に車椅子で現れた彼は、かつてカリフォルニア全土を震え上がらせた「悪魔」の影すらない、弱々しい老人だった。しかし、彼が遺した傷跡は消えない。彼の逮捕は、過去に逃げ切ったと安堵している世界中の未解決事件の犯人たちに対する、死神の宣告となった。
現在、多くの事件がこの「家系図DNA捜査」によって次々と解決の糸口を掴んでいる。ビッグデータと遺伝子科学が交差する現代において、もはや血の繋がりすらも逃げ隠れできない「証拠」となったのだ。