MyHouse.wad:親愛なる友への墓標、歪み続ける「喪失」の迷宮

1. 物理法則の崩壊:悲しみが歪める「不可能空間」
本作の技術的白眉であり、同時に最大の恐怖は、30年前のDoomエンジンでは不可能なはずの「非エウクリーズ幾何学(Non-Euclidean Geometry)」の実装にある。
間取りの侵食 :まっすぐ歩いたはずの廊下が元の場所に戻り、扉を開けるたびに部屋の配置が書き換えられる。家そのものが生きているかのように、プレイヤーの認識を拒絶する。
重層的な世界 :洗面台の鏡を通り抜けると現れる左右反転した「裏の世界」。燃える家、水没したリビング、そして空港のようなリミナルスペース。それは、大切な人を失った瞬間に世界が色彩を失い、歪んで見え始める過程の物理的な表現である。

2. 喪失と悲嘆(グリーフ):墓標としてのプログラム
『MyHouse.wad』は、Mark Z. Danielewskiの小説『紙葉の家(House of Leaves)』への深いオマージュであると同時に、作者自身の凄絶なセラピーでもある。
Life LogとしてのMOD :ゲーム内で見つかる日記には、友人を失ったことによる不眠、崩壊していく生活、そして「この家を完成させなければならない」という強迫的な弔いが綴られている。
戦うべき敵の不在 :プレイヤーはモンスターを撃ち倒すのではない。作者の「行き場のない悲しみ」の中、曖昧になっていく記憶の残滓を辿っているのである。
3. 考察:デジタル・アーカイブが救うもの
通常、ゲームのMODは娯楽や技術誇示のために作られる。しかし、本作は死者への「墓標(Elegy)」として構築された。
私たちはこの歪んだ家を探索することで、他者の脳内にのみ存在する「親和性と喪失の記憶」を、デジタルデータとして追体験する。Doomという古い道具を使って描き出された、この上なく純粋で人間的な物語。
この家の本当の出口を見つけた時、プレイヤーは作者の悲しみに一つの句読点を打つことになる。それは、デジタル空間にも「魂」が宿り得ることを証明した、現代の奇跡に他ならない。
関連探求
リミナルスペース:境界を彷徨う無人の空間 :かつて誰かがいた場所の「静寂」。
Petscop:デジタルの檻に遺された魂のログ :記録された行動の連鎖。