メインコンテンツへスキップ

Killswitch:一度の死で自己崩壊する「不可逆」の芸術

1989年、ソビエト連邦の謎めいた企業「Karvina Corporation」が、わずか5,000本限定で放流したとされるPCゲーム『Killswitch』。本作がビデオゲーム史……あるいは芸術史において伝説となった理由は、その「自己破壊プロトコル」という極めて前衛的な仕様にある。

1. 自己消去プロトコル:生と同じ「不可逆」の体験

このゲームオーバー、あるいはエンディングに到達した瞬間に、プログラム自身が HDDからすべてのデータを完全に抹消する

  • 複製不能な体験 :強力なプロテクトがかかっており、コピーを作成することはできない。一度プレイを開始すれば、それは文字通り「一度きり」の体験となる。やり直しが利くというビデオゲームの前提を破壊し、人生と同じ「取り返しのつかない一回性」をプレイヤーに強いたのである。

  • 消滅する物語 :プレイヤーがどのような結末を迎えたとしても、その証拠は一切残らない。物語は体験者の記憶の中にのみ残留し、物理的なデジタルデータとしてはこの世界から消え去る。

2. 二人の主人公:透明な悪魔と、脆き人間

プレイヤーは、開始時に二人のキャラクターから一方を選択しなければならない。

  • ガスト(Ghast) :透明な姿をした強力な悪魔。敵に気づかれることなく攻撃でき、容易にクリア可能だが、物語の核心には決して触れられない。

  • ポルト(Porto) :非力な人間の女性。自身のサイズを操作する能力を持つが、制御は極めて困難で、難易度は正気の沙汰ではない。しかし、鉱山の秘密やKarvina社の正体を解き明かせるのは、この脆弱な「人間」だけである。

大半のプレイヤーはガストを選び、何も理解せぬままゲームを消滅させてきた。ポルトを操り、地獄のような試練を突破した者だけが、この世界の「真実」に触れる権利を得るのだ。

3. ヤマモト・リュウイチ:沈黙の1分間

2005年、eBayに出品された未開封の『Killswitch』を、ある日本人が73万3,000ドルという巨額で落札した。彼の名はヤマモト・リュウイチ。「プレイ動画を全編公開する」という彼の約束に、世界中の好事家が注目した。

しかし、公開されたのはゲームの映像ではなかった。

カメラが捉えていたのは、PCのモニター前に座り、 ただ静かに、激しく泣き崩れている一人の男の姿 であった。

画面には、ゲームプログラムが自動消去された後の、空虚なデスクトップ壁紙だけが映し出されていた。

彼はポルトで真実に辿り着いたのか? あるいは、あと一歩のところで無に帰したのか?

彼が流した涙の純度は、失われたデータとともに、永遠に解明されることのない「伝説」として語り継がれている。


関連探求