モモ・チャレンジ(Momo Challenge):拡散する「奇怪な怪鳥」と、SNSが生み出した集団パニックの虚像

「Hi, I’m Momo.(こんにちは、モモです)」 2018年、世界中の親たちと教育機関、さらに主要メディアが一斉に、ある「怪物」の影に怯えました。メッセージアプリ『WhatsApp』などで拡散されたそのプロフ画像は、ギョロリと見開かれた巨大な眼球、耳元まで裂けた口、そして鳥の足を持つ、あまりにも生理的な不快感を伴う女性の姿をしていました。
『モモ・チャレンジ(Momo Challenge)』。それは、子供たちに自傷行為や自殺を教唆するという戦慄の噂とともに広まった、SNS時代の「モラル・パニック(集団的パニック)」の典型例です。
1. 怪異:Momoからの死のコンタクト
噂によれば、特定の電話番号にメッセージを送ったり、YouTubeの子供向け動画の合間に突然広告として現れたりするMomoは、標的とした子供に過激なミッションを次々と与えるとされていました。「カミソリで自分の手を切る」「深夜に家族に内緒でガスを点ける」、そして最終的には「自らの命を絶つ」。
もし命令に背けば、Momoが夜中に家までやってきて家族を惨殺するという脅しがセットで語られ、多くの子どもたちが本気で恐怖に陥りました。
2. 真相:盗まれた芸術作品「姑獲鳥」の変貌
しかし、この全世界を震撼させた恐ろしい顔の正体は、実際には日本で生まれた一介の「芸術作品」でした。
作者は日本の特殊造形作家、相蘇敬介氏(リンクファクトリー)。2016年に東京の画廊で開催された『幽霊画廊Ⅲ』という展示のために制作された、日本の伝承に基づく妖怪 「姑獲鳥(うぶめ)」 の彫像がその正体です。
展示会の来場者が撮影した写真がネット上に流出し、何者かによって悪意を持ってトリミングされ、呪いのメッセージとともに再構築されて拡散されたことで、本来は無垢な芸術作品であったはずの彫像が、「世界を脅かす連続殺人鬼」へと歪められてしまったのです。

3. パニック:実体のない恐怖が「実体感」を得る仕組み
その後の公的な調査で明らかになったのは、驚くべきことに、Momoチャレンジによって実際に深刻な被害を受けた子供は 一人も確認されなかった という身も蓋もない事実です。
多くの目撃談は模倣犯による悪質ないたずら、あるいは子供たちの間で生じた尾ひれのついた「作り話」であり、それを「子供を守らなければ」と焦る保護者の不安と、再生数やPVを稼ぎたいメディアの過剰な報道が、雪だるま式に膨らませてしまったのです。実体のない恐怖が「パニック」という負のエネルギーを得て、現象そのものがネット上の怪異として実体化してしまった、デジタル時代の集団催眠の好例と言えます。

4. 廃棄:怪物の最期と、私たちの危うさ
作者の相蘇氏はこの一連の凄まじい騒動を受け、「自分の作品によって世界中の子供たちが恐怖し、傷つくのは全くの本意ではない」として、オリジナルの彫像を物理的に廃棄したことを公表しました。作品が文字通り「解体・消滅」したことで、呪いの伝説は急速に終息へと向かいました。
Momoチャレンジが私たちに教えてくれたのは、現代のデジタル空間においては「善意の注意喚起」さえもが恐怖を拡散させる燃料となり、この世に実在しない怪物を「本物」に作り変えてしまうという、私たちの「認識」が持つ恐ろしい危うさなのです。
*青い鯨:SNSに潜む死へのカウントダウン : Momoチャレンジの先行例となった、ロシア発の自殺誘導ゲームの実態。 *スレンダーマン:掲示板から生まれたミームの暴走 : ネット上のフィクションが現実の暴力事件を引き起こしてしまった悲劇的な先例。 *不気味の谷現象:なぜMomoはこれほど怖いのか : 人間に似つつ、決定的な「異質感」を持つ造形が、私たちの生存本能を激しく刺激する理由の分析。